デイリーヨミウリ友川カズキインタビュー記事(和訳)

20101210日付け The Daily Yomiuri

Alive and strumming 生きて、かき鳴らす

松本敦子 / デイリー・ヨミウリ記者

「目の前に60歳の男がいる。小さなアパートに住み、世間で知られることもなく、世界的な名声もない。物質的に貧しい生活を送っているわけではないが、彼の暮らしは、間違いなく華やかなものではない。しかし、その男は何があっても決して妥協することはない。自分の激情に誇りを持っている。そんな姿を僕は決して忘れることはないだろう。自分の怒りに誇りを持て―僕がこれまでに聞いた最も美しい言葉だ。」

―ヴィンセント・ムーン

「あの、何だっけ、あのあれ。光るやつ、外の。イルミネーション? そう。目つむって歩く。あんなの綺麗だって思うほうが馬鹿ですよ。真っ暗な空の方が何ぼ綺麗ですか?」歌手・詩人・画家の友川かずきは言う。東京郊外にある喫茶店の喫煙コーナーに座り、煙草をくゆらす彼のバックグラウンドにはクリスマスソングが次から次へと流れる。

友川カズキがどんな人物であるかは、彼のハードコアファン以外ではあまり知られることはない。フランス人監督ヴィンセント・ムーンの新作ドキュメンタリー映画なくしては、なおさらだ。しかし、深く、長く、記憶に残る友川のとてつもない表現力に魅了されたファン層は、世代や性別を問わず、何十年の時をかけて今も広がり続けている。

「私、ずっと空を見てる。何の成長もないけどね。」友川は少し冗談っぽく言った。情緒とは空を見つめ、風にさらされ、それを肌で感じることで成長するのだと彼は強く信じている。「夏とか、公園に行って、ずっと体焼いてたの。鉄アレイやって。公園にいるのは、カラスだけでした。あまりに暑くて、人もいなかった。」

また次の煙草に火をつけながら、彼は続ける。「人類は進歩なんかしてない。変化しているだけ。喜怒哀楽が育つチャンスを失い続けるわけでしょ。」

1975年のデビュー作『やっと一枚目』のリリース以降、友川は、音楽だけに留まらず、詩集、絵本、エッセイ、そして彼のもう一つの情熱が注がれている競輪の書籍を発表している。

「今も競輪場の帰りなんです。だからちょっと血の気あるでしょ。」友川は笑いながら言う。

競輪への情熱は時に哲学的でさえもある。「(競輪には)文学的な要素が必要なんですよ。読解力。数字を読んでいるんじゃないから。人の気持ちとかを読むやつだから、これはもう文学の世界。ただの深さじゃないですよ。とても深い。ワンレース見て、何冊か本を読んだ感じになる。」少し興奮気味に友川は続ける。煙草の灰がジャケットの上に落ちても、気にする様子は全くない。

取材に応じる友川の前には、所持品の中で最も大切なもののように煙草が二箱置いてある。激しい歌詞でも知られている詩人・友川は、優しくチャーミングな紳士だ。柔らかい秋田弁のアクセントで話す彼は、その深い洞察力とともに、ユーモアのセンスに富んだ人でもある。

ギターを抱え、現在も比較的小さいライブハウスで活動を続けている。中には80人程度で満員になる場所もある。ステージでの彼の声は、詩を朗読するかのようにしなやかになることもあれば、時に叫び、うなり、その演奏の激しさからギターの弦が切れることさえある。

こうした演奏は、多くの日本人芸術家の心をつかみ、中には友川を崇拝の対象と見るものもいる。昨年、そんな彼の独特なスタイルは、一人の外国人監督の創作意欲をもかきたてることになる。こうして、これまでアンダーグラウンドのグル(教祖的存在)であった友川に、フランス人監督のレンズが向けられることになったのだ。

ヴィンセント・ムーン監督は、友川を2週間かけて撮影するために来日。ムーン監督は、ザ・テイクアウェイ・ショーズのシリーズで音楽業界では名の知られた人物だ。シリーズではR.E.M.、Sigur Ros、The National、Yo La Tengo、Tom Jonesなど多くのアーティストを撮影し、従来の音楽ビデオの撮影から発信方法までを改革したと言われている。

「日本に到着するまでの2ヶ月間、友川の音楽だけを聴いて過ごしてきた。」The Daily Yomiuriの取材に対し、滞在先のサンパウロからメールで答えたムーン監督は当時を振り返る。

狂ったようにギターをかき鳴らす姿から、自宅で競輪中継を見て興奮する姿まで、70分間の映像は、周辺の人々や息子のコメントを織り交ぜながら、友川の日常を映し出す。

友川についてムーン監督は語る。「とても強い男という印象。最初は少し近寄りがたいほどだった。でもすぐに印象は変わった。友川の寛大さ、周囲に対する気遣いには驚いた。少なくとも僕が感じる限りでは、時間を重ねるごとに、僕らは親密になっていったと思う。友川は複雑な男でありながら、情熱的な人で、生きることに対する彼のアプローチは非常に過激だ。そういう意味で、彼はこれからの僕の生き方を決定的に変えた人でもある。この地球上で、どう生きていくかということに関して、彼から大きなインスピレーションを獲たと思う。」

当初、友川は、ドキュメンタリー映画の撮影クルーと行動を共にすることにあまり気が進まなかった。

「ぴったりくっつくでしょ、それが嫌で。普段も一人でこう生きていますので、あまりぴたっと毎日いるのはちょっと嫌だなぁ、と話してたんですよ。でも(ヴィンセントの作品を)観たら、私びっくりしちゃって。良くて。映像が。やってもいいかなってことになって。」と友川は振り返る。

ムーン監督の撮影方法は、新鮮な形で友川を驚かせた。「(監督は)スラーっとした学者みたいな人で。頭いい人だと思うんだけど、とにかくそばにべたべた来ない。飲んでるじゃないですか、打ち上げとかで。そうすると端っこで、ニコニコしながら日本酒を美味しそうに飲んでね。距離感をしっかり持つの。ぴたっといると相手が見えないんですよね。距離を置いている方が相手をしっかり見えるんですよ。彼はもう本能的にわかってるんですね。」

どうしようもないほどに恥ずかしがり屋だという友川は、この長いキャリアで、しらふで歌ったのはたった一度だけだという。今回のドキュメンタリー映画にも、自分の生き方について語る重要なシーンがあるが、「あの時、べろべろで何しゃべってんだか全然覚えてなかった」と本人は振り返る。

「いまだに酔っ払ってステージに立つのはそういうこと。恥ずかしくて駄目だから。しらふで歌えない。気が小さいから。それで譜面で顔を隠しながら歌ってたの、昔。それがいいか悪いか、今は譜面見ないと一曲も歌えないの。いつも歌詞見ながら歌う癖ついちゃったから。一曲も暗記してないんですよ。」

今回のドキュメンタリー映画では、友川の歌には英語字幕はついていない。

ムーン監督はその理由をこう説明する。「僕は言葉というのはあまり好きじゃないんだ。体の動きそのものの表現が好きで、友川の体の動きは既に非常に強烈で、それに言葉を加えることで、観客が得られる全ての経験を複雑にしすぎてしまうといつも思ってたんだ。それに、僕自身が彼の音楽を聴くときは、歌詞を読んだり、他の誰かに翻訳してもらったりはしない。ただひたすら、自分自身の想像力を働かせるだけなんだ。」

近年、友川は、スコットランド、ベルギー、スイス、フランス、韓国で公演を行った。海外での観客は、彼の言葉を理解したのか?「声もね、意味なんですよ、ある意味。詩はむしろ意味じゃなかったりするんですよ。単なる音であったりするんですよ。だから、詩がいいから、悪いからっていうことで何とかってあんまり逆にないと思いますね。で、そうでないと思いたい。」友川はそう説明しながら、彼の歌詞の意味を理解して聴く者と、そうでない者との間に生まれるかもしれない感情的な溝をさらりと否定した。本人曰く、中には英語対訳が不可能な歌もあるという。

今年60歳となった友川の怒りは、以前と変わらず鮮やかだ。この「自堕落な島国」では、何も変わらず、「ただどんどん濁る」だけだと、彼は力説する。

ムーン監督のドキュメンタリー映画が、友川に新たな光を当てるであろう今月、36年間の作品をカバーした詩集が出版される。長年にわたり、ゆっくりと、しかし着実に広まったファンベースの更なる一歩となるのか?

「60年も生きていれば、大した波が来るとは思ってないですよ。小波くらいですね。」いたずらっぽく友川は言う。

そんな彼のライブは、最近、20代、30代の聴衆で満員だという。

「どうしてかわからないんですよね。私と同じくらいの年齢はほとんどいない。みんなもう死んだと思う。社会的に。もう死んだと思う…。」友川はつぶやく。

しかし、友川カズキは死んでいない。彼の感性はこれまでと変わらず、生きているのだ。

<終>



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